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ゆっくりストア派

日々の雑感なんかを適当に。

創作の方向性

雑感
何かつながっていないものを繋げて、
円滑にした分生まれた利益のうち一部をリターンとして得ることを商売の基本とするなら、
会員サイト的なもの、クラウドソーシングの類、ネトゲSNS等が、webやアプリ等で収益を上げているのももっともな話だ。

このような類のアプリまたはwebサイトで、実現されていないものがないか、のんびり探してみるのも一つかもしれない。とはいえ、再三皆が考えていることなので、簡単に見つかるとも思えないけれど、一つの手段として。

好きなもの

苦手なことをふつうにするのに、時間を使いすぎる。

 

やったことがないことに挑戦してみるのは、悪い事ではない。
たとえば、インドア派だけど、キャンプに行ってみるとか。
あんまり興味なかったけど、洋楽を聴いてみようとか。

でも、そうやって浅く広くを突き詰めていった結果、
「好き」とか「得意」をなくしていないだろうか。

 

 

価値あるものを

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誰かと会うたび、次第に熱がなくなっていくのをなんとなく感じるのは、とても寂しい。為末氏がブログで、他人に評価を依存しているような自信は脆いと言っていた。まさにその通りだ。

 

本当は評判なんか気にしないくらい何かを好きで情熱を注げたら良いけれど、そんなものが見つかっている人はごくごくわずかだし。

 

たまに、大事なものを失くしてしまったような感覚をおぼえる。

 

だからこそ、何かを生み出していたいという思いだけがある。何か価値あるものを生み出すまでは、、という思い。

 

 自分が周りに何かを提供できるような存在であらねばならない。

それはきっと、弱点を克服することではなくて、強い部分を伸ばすことだ。

 

まだ沢山できることはある。考えろ。

 

 

 

 

 

「前のコミュニティ」を大事にする。

雑感

高校生なら中学の時の、大学生なら高校の時の、社会人なら大学の時の友達と連絡を取ると、ほぼ100%「久しぶりに集まりたいね」って話になる。現在所属しているコミュニティに一番大きく影響されることは間違いないが、それよりも前のコミュニティの人との繋がりというのは、時折感じられるだけでも心強いものだ。他愛もない話をして盛り上がったり、何か行き詰まった時に適切な助言をしてくれたり。

 
しかし、そんな風に考えながらも、実際の日常はあまりに目まぐるしくて、全員と頻繁にコミュニケーションを取り続ける事は不可能に近い。以前繋がりが深かった人と久しぶりに会えば当時の事を色々思い出すんだろうが、それほどに仲が良かった人でも、機会がない限り意識から消えてしまっている事は多い。
 
 
それはとても普通の事であり、とても寂しい事だ。
 
今日は上記のような関係について書いてみたい。
 

なぜ同窓会的コミュニティが重要か

改めて書くまでもないかもしれないが、同窓会的コミュニティを強く維持する事には、維持にかかる時間的・金銭的負担を差し引いても有り余るくらいの良さがある。メリットと書いてしまうと、成功のための人脈作りかのように損得だけにフォーカスが当たってしまうけれど、現代大衆社会を生きる私たちにとって一番影響が大きいのは、依存性の軽減じゃないかと思う。職場と家庭の往復になってしまうと、特定の人とばかり接するようになり、それらの人の影響を非常に強く受けるようになる。良い影響なら問題はないのだが、少しでもストレスや不満が溜まる状態が続くと、長期間積もり積もっていつか破綻しかねない。それに、刺激が固定的になって、飽きてしまうこともあるだろう。そんな時、自分が所属できる別のコミュニティがあるのは、より豊かに生活する上で大切な事である。

 

前の関係性を大事にするためにできること

とにかく人に会うことだ。会うことは、他のあらゆる手段を超える程に、お互いが持っているものを共有できる。時間がない中でも、意識的に時間を作って会う機会を増やしていくこと。もちろんそれが物理的に不可能な時には、電話やLineを使ったら良いとは思うけれど。会ってくだらないことを話していくなかで、新しい企画が生まれる可能性もある。
 
 
自立とは、完全に依存を断ち切りすべて自給自足することではなく、頼れる先をいくつも見つける事で、「これが与えられないとマズイ」という状態をできるだけなくしていくことだと考えている。自分にとって今までの知り合いが過去の人でしかないのか、これからも何かを一緒に作り続けていける仲間なのかは、自分の行動にかかっていると言ってもいい。今の仲間と同じくらい、これまでの関係性も大事にしていきたいものだ。

インターネットで手に入るもの、入らないもの

雑感
Google検索するだけで気になったことに関する情報がほとんど手に入る。

少なくとも英熟語や学術用語の意味は、確実に調べられる。
晩飯のオカズも、最近話題のニュースも、大抵はどこかには載っている。

一方で、これが載ってないのかと驚く事もしばしばあるし、
質問に対して的外れな回答ばかり並んでいる様子もよく目にする。

これだけネットが発達しても、
一番クリティカルな情報は然るべき人に会うことでしか得られないんだなぁ、
本を読まないと高度な専門性は身につかないのだなぁと常々思う。

結局一番アクセスしやすいネットはよく見るのだけど。
手軽に意見表明ができて、フィードバックを受けられるのが、心地よいし、便利なんだろうな。



競争の作法 を読んだ

読書

 

競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書)

競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書)

 

 

以下単なる備忘録です。

 
00年代における「戦後最長の景気回復」とその後の不況に焦点を当て、日本が豊かさと幸福を享受するために何が必要かを検討した書。
 
豊かさの一側面を表す国民経済計算を用いて当時の日本経済を分析し、可能な限り扇動的な見方を排除した妥当な帰結を導こうとしている。
 
「戦後最長の景気回復」期における好況は実質GDPの向上からも判るように、確かに日本経済に豊かさを生み出した。しかし、過剰な設備投資と海外への富の流出(円安と物価水準の相対的下落による)等の支出が行われた結果、消費、雇用は、GDPの成長率に見合うほど伸びなかった。筆者はこれを「幸福なき豊かさ」だったと述べている。さらに、その後の不況は、リーマンショックによるものとされがちであるが、リーマンショック前から歪みの兆候は見られたとし、時に常識的な発言を無視し、時に必要以上に煽り立てるマスメディアやエコノミストを批判している。
 
近年の日本経済の動向に関する議論は様々だが、齊藤誠氏の著書は読んでいるだけでも非常に面白いので、これからも追っていきたい。原発に関しても最近書いてたっけな。

 

 

保育園にかけてる40万を親にくれてやると何が起きるのか

社会

前回に引き続き保育について。

保育園にかけてる40万円をそのまま親にくれてやればいいじゃないか。保育園に入れて働くのと、保育園に入れない代わりに40万円もらうのと、どちらを選ぶと聞かれたらほとんどの人は40万円もらうことを選ぶだろう。40万円蹴ってでも働かなければならない理由のある人だけが保育園に入れて働きに行けばいい。

 

子供は三歳になるまでは家で育てるべき - 狐の王国

 

子育てとの両立ができないので仕事を辞めるとか、
預けたくないのに保育所に我が子を預けなきゃいけないとか、
そういう課題が制度改革で解決するのならとても望ましいことだ。

 

とはいえ。
1.助成金保育所や保育士の数を増やす
2.親に直接子育てのための資金を支援する
という二つを比べると、2.はとてもコストが高くつくことが判る。

 

労働供給量という面から考えてみよう。
2.のとき親は、自分で働かなくても
子育てできるだけの金が手に入るので、多くの場合働かないだろう。
さらに、助成で増えるはずだった保育士の数だけ、雇用が減る。

 

そうすると、どうなるか?


当然景気が悪くなる。しかも社会保障を手厚くするには、
税金を沢山とらなきゃいけない(これは1・2共通だが)。

 

それを考えると、なかなかハイやります、
ってのは難しいよなあと思ってしまう。

 

企業側が従業員の子育てに配慮できるような勤務形態を作るのとか、
保育所が保育をもっと低コストで質を高められるのとか、
そういうことに金をかけていくのが、
遠回りのようでいて、一番堅実な使い方なのかなと思うのだけどね。